19歳。
初めて税務調査の現場に
立ったときのことは、
今でも鮮明に覚えています。
「国のために働く」という理想と、
「目の前の経営者を疑う」という現実。
当時の私は、その間で揺れ動いていました。
■「頑張っている人に足かせをつける」仕事
税務調査の目的は、
正しい申告をしてもらうこと。
頭では理解していましたが、
心のどこかで
「これは本当に必要なのか」
と感じていました。
なぜなら、
調査に入る会社は多くの場合、
真面目に事業を続けている会社だから。
「こんなに頑張っているのに、
なんでうちが…?」
そんな言葉を何度も聞きました。
特に印象的だったのは、
ある社長夫人の一言。
私にとって
2回目の不正を指摘した際、
涙ながらに言われました。
「私たちは必死に頑張っているのに、
どうして…?」
その瞬間、
心のどこかで
「自分は何のために
この仕事をしているんだろう」と、
深く突き刺さりました。
■打算と理想の狭間で
私は決して理想だけで
公務員になったわけではありません。
高卒の就職=公務員という
構図しか見えてなかったし、
その中で諸々の安定を求めた打算もあった。
けれど、
どこかで「国のために尽くす仕事をしている」
と信じていました。
それでも、
ふと考えてしまうのです。
——この仕事で幸せになっている人は
いるのだろうか。
正直、
それでやめたいと
思ったわけではありません。
けれど、
自分には向いていないかもしれない、
と感じたことは何度かありました。
■“正義”の再定義
何件か調査を重ねるうちに、
自分の仕事が
本当に誰かのためになっているのか、
そしてそれに“意味”はあるのか
——そんな問いが頭を離れなくなりました。
そのため、私は一度立ち止まり、
自分なりの「正義感」を定義し直しました。
「すべてを指摘し、すべてを修正させる」
——それは正しい。
でも、
私が求めたのはそこではありませんでした。
確実に間違っているものは当然、見逃さない。
ただ、それ以外の部分で
“あら探し”をするような調査は
意味がないと感じたのです。
私が注力すべきは、
「悪いことをしていないか」
「不正をしていないか」を確かめること。
相手を追い詰めるためではなく、
正直に頑張る人を守るための調査で
あるべきだと。
日本の税収全体から見れば、
1人の調査官が扱う金額など微々たるもの。
それでも、「正直者が馬鹿を見ない社会」に
少しでも近づくなら、
それで十分だと思いました。
つまり、私の出した答えはこうです。
税務調査官の役割とは、“抑止力”である。
違反をただ罰するのではなく、
「悪いことをしていないか」を確かめる存在。
そして、
その姿勢そのものが社会の抑止力となる。
それが、私の中での“正義”になりました。
■嫌われ役でもいいと思えた日
この考えを持つようになってから、
仕事への姿勢が変わりました。
「嫌われたっていい。
それが国のためになるなら。」
そう思えるようになった瞬間、
葛藤の中で続けてきた仕事が
“天職”へと変わっていきました。
調査の現場では、
誰かを罰するためでなく、
「正直にやっている人が馬鹿をみないように」
という想いを持って臨む。
それは静かな誇りであり、
誰かに理解されなくても構わない
“信念”でした。
■葛藤を乗り越えるために
最後に、
今の私が思うこと。
やりたくないこと、
苦手なことから逃げることは、
悪いことではありません。
私自身にも、
「逃げるべき瞬間」は確かにありました。
(それはまた別の回でお話しします)
けれど、発想を変えてみることで、
葛藤の中に回答を見つけることもできます。
私にとって今回の答えは、
「自分なりの正義を持つこと」でした。
そして、その正義を胸に歩んだ先で、
私は税務調査という仕事を
“天職”と呼べるようになったのです。


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