【私の履歴書#1】 原点編①〜私が大学に行かなかった理由~

私の履歴書

 こんにちは、navilis代表の徳山です。

 「私の履歴書」シリーズ、
 今回から本編に入ります。

 原点編では、
 私自身の価値観や人生観が
 どのように形づくられていったのか、
 その出発点を掘り下げていきます。

 何気ない選択の中にあった思考や
 感情を振り返ることで、
 今の自分を支える”土台”のようなものを
 見つめ直す回です。

 今回のテーマは
 「なぜ私は大学に行かなかったのか」です。


■ 自称進学校での高校生活

 熊本の方ならご存知の方も多いと思いますが、
 私は「熊本県立熊本北高等学校」という、
 丘の上のいわゆる”自称進学校”に
 通っていました。

 校風は、地方によくある
 「全員で国公立大学を目指す」
 タイプの学校。

 生徒の9割以上が国公立大学を目指すと
 言っていて、
 私も周囲に流されるように、
 なんとなく「大学に行くんだろうな」
 と思っていました。

 でも、高校2年生のころ
 少し厄介な病気をして
 学校も休み休みになったことがあり、
 否が応にも少しだけ立ち止まって
 考える時間が生まれました。


■ 勉強への違和感と進学への迷い

 そもそも、私は勉強が嫌いでした。

 特に、決められた教科を
 まんべんなくこなすといった
 スタイルが性に合わなかったのです。

 そんな自分が、なぜ大学に行くのか。

 改めて考えてみると、
 その理由はどれもたいしたものでは
 ありませんでした。

 「やりたいことがあるから?」
 ——そんなものは特になく、
 「将来の夢」と聞かれても
 何も浮かばない。

 「とりあえず大学に行って遊びたい?」
 ——それなら、わざわざ
 受験勉強を頑張る必要があるのか?
 もし大学に進学したとしても、
 親に養ってもらいながら
 ”遊び目的”で通うことになる。

 それならいっそ、
 自分で生活費を稼いで、
 自分の時間を使って遊んだ方が
 自由なんじゃないか。

 そんなふうに思うようになっていきました。


■ 考え続けた末の結論

 それからは、
 大学に行く理由を探すというよりは、
 「今の自分にとって
 大学進学が本当に必要なのか?」を
 考えるようになりました。

 周囲の「大学に行くのが当たり前」という
 雰囲気の中で、
 それでも「自分には必要ないかもしれない」
 と考え始めたことは、
 今振り返ると、常識に対して
 自然と湧いていた懐疑心のようなもの
 だったのかもしれません。

 それでも、進学のことは
 ずっと頭の片隅にありました。

 進学しなかったら将来困るのでは?
 という不安も、
 もちろんゼロではなかったはずです。

 ただ、考えれば考えるほど、
 周囲が思っているほど
 「今このタイミングで進学しなければ
 ならない理由」は見つかりませんでした。

 「やりたいことができたときに、
 学歴が必要ならそのときに
 また勉強すればいい」

 今の自分に理由が見つからないなら、
 無理に進学する必要はない。

 そう結論づけた私は、
 大学進学をしないという選択をしました。


■ 公務員という選択肢

 ちなみに、高卒後に公務員になったのは、
 特別な理由があったわけではありません。

 ただ、他の進路を知らなかったんです。

 周囲に民間企業の情報はほとんどなく、
 「就職=公務員」という構図しか
 見えていませんでした。

 そして国税職員になったのは、
 親がそうだったから。

 「国税なら親も反対しないだろう」
 と思ったのもあります。

 正直な話、それくらいの動機でした。
 (実は都庁に就職しようと
 画策していたのは別の機会に)


■ 今振り返って思うこと

 「大学に行かなかった理由」を
 こうして言葉にしてみると、
 決してドラマチックな話ではありません。

 気負いや大きな決断というよりは、
 日々の中でじわじわと固まっていった
 自然な選択だったように思います。

 ただ、あのとき少しでも立ち止まって、
 「なんで大学に行くのか?」を
 考えたことが、
 私のキャリアの”原点”だったのは
 間違いありません。

 今、navilisという場を通じて
 自分なりの道をつくれているのは、
 あのとき「今は行かなくていい」と
 決めたからこそ、かもしれません。


navilis 代表 徳山侑紀

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