【私の履歴書#3】 公務員編①〜全寮制の新人研修で知った初めての挫折〜

私の履歴書

 こんにちは、navilis代表の徳山です。

 今回は、「私の履歴書」シリーズの
 新しい章として、
 「公務員編」を始めたいと思います。

 これまで原点編として、
 高校時代の進路や
 公務員試験の取り組み方について
 書いてきましたが、
 今後は公務員時代の経験にも
 触れていきます。

 公務員編の第1回は
 「税務大学校 普通科」のお話です。


■ 税務大学校 普通科とは

 税務大学校普通科とは、
 全国の国税局に採用された
 高卒の職員が最初に受ける
 1年間の研修機関です。

 私がいたのは大阪研究所で、
 通称「大研(だいけん)」と
 呼ばれていました。

 1年間、全寮制の相部屋生活。

 規律ある生活の中で、
 社会人・公務員としてのマナー、
 そして国税職員としての
 基礎的な知識をみっちり学びます。

 時期や場所によって雰囲気は
 違うと聞きますが、
 私のいた頃は比較的厳しく、
 悪く言えば”軍隊的”な研修でした。

 授業は朝から夕方までびっしり座学が組まれ、
 試験も定期的に実施されます。

 評価は相対評価で、
 上位から順に順位がつきます。
 成績は基本的に試験結果によって決まり、
 学習の成果がはっきりと
 反映される仕組みでした。


■ なぜか、優等賞を目指していた

 私がいた普通科71期、
 大阪研究所の同期は34名。

 その中で、
 成績上位5%に与えられる
 「優等賞」という表彰がありました。

 つまり、実質的には上位2名以内に
 入らなければなりません。

 なぜそこまで目指したのか、
 今でもよく分かりません。

 特別な恩典があったわけでもないのですが、
 なぜか私は「ここで一番を取る」
 と意気込んでいました。

 当時の私は、何でもできると思っていたし、
 やる気を出せば簡単に取れると
 信じていました。

 結果は、3番目。次点です。

 しかも「惜しい」感じではない。
 「次点」と言えば聞こえはいいけれど、
 はっきり言って、
 はじき返されたという感覚でした。

 ただ、当時の私が一番勉強していた
 という自負はあります。

 誰よりも早く起きて、
 誰よりも遅くまで机に向かっていた。

 だからこそ、このときの悔しさは、
 私にとって人生で初めての
 ”挫折”だったのかもしれません。


■ 初めての”真正面”の敗北

 公務員試験にせよ、これまでの人生の中で、
 私はわりと効率よく
 物事をすり抜けてきました。

 要領よく、ほどほどに努力して、結果を出す。

 そんなやり方が通用してきた。

 でも、税務大学校では違いました。

 真正面から努力して、
 全力でぶつかって、
 それでも跳ね返された。

 その現実は、思っていた以上に堪えました。

 そしてしばらくしてから、
 ふと気づいたのです。

 「高卒の集まりで一番を取れない自分が、
 この順位にこだわる意味はあるのか」と。

 もちろん、同期の努力も優秀さもありました。

 でも、自分の強みや勝てる場所は、
 ここではないのかもしれない
 ——そう思い始めたのです。


■「勝てる土俵」を探す

 この経験から、
 私は「自分が勝てる土俵」を
 探すようになりました。

 どこで、誰と、どう戦うか。

 同じ勝負でも、
 条件が変われば結果は変わる。

 当時の私はまだ10代でしたが、
 「自分が勝てる場所で勝負をする」
 という視点は、
 初めて持った感覚だったと思います。

 自分が得意なこと、
 伸ばしやすい特性、
 必要とされる環境
 ——それらが重なる場所でこそ、
 本当の力が出せるのではないか。

 この考えは、単なる”逃げ”では
 ありませんでした。

 誰かと同じ土俵で戦って勝てなかったとき、
 「土俵そのものを変えてみる」という
 選択肢を持てるかどうか。

 それは大きな違いを生みます。

 そしてその癖は、今も確実に活きています。


■ 嫌いだった”勉強”が、将来を支えた

 それと同時に、嫌いだったはずの”勉強”を、
 この1年間だけは
 本気でやりきれたという事実も、
 その後の人生に大きな影響を与えました。

 大卒の国税専門官試験の突破。
 財務省での激務の乗り越え。
 MBAでの論文作成。
 税理士試験の一部科目合格
 ——どれも、この1年間で
 「勉強の仕方」と
 「学ぶ意志」を持てたことが、
 少なからず支えになっています。

 私はもともと、
 机に向かって何時間も座っていることが
 苦手でした。
 でもこの研修で、
 興味の持てない科目にも耐え、
 毎日コツコツと積み重ねる習慣が
 身につきました。

 その「基礎体力」のようなものが、
 その後の仕事や学びの場面で
 自分を支えてくれることになります。

 「やればできる」の裏には、
 「やらなければできない」という
 前提がある。

 そう痛感した1年でもありました。


■ 立ち直れる程度の挫折は、必要だと思う

 この出来事は、
 今思えば「立ち直れる程度の挫折」でした。

 そして、なぜ立ち直れたのかと言えば、
 「自分には他に活かせる強みがある」
 と気づけたからです。

 目の前の勝負に敗れても、
 それ以上の得意な戦い方がある
 と信じられるか。

 すべての場面で勝つ必要はない。

 けれど、自分の勝てる場所では、
 きちんと勝ちに行く。

 その見極めと行動力が、
 次の一歩につながるのだと思います。

 多くの人は、挫折はネガティブなものと
 捉えると思います。

 でも私にとっては、
 成長のために必要な通過点でした。

 失敗があったからこそ、
 その後の選択に深さが出た
 ——今はそう思えます。


■ この経験が、今の自分の支えになっている

 「このままでは終われない」と思えたのも、
 「きっと、もっと自分が活きる場所がある」
 と信じられたのも、
 この経験があったからこそ。

 自分の持ち味を活かせる場所を探し、
 力を発揮できる形を考える。

 いま私がnavilisという事業を通じて、
 目の前の誰かに伴走したいと思うのも、
 きっとこのときに感じた悔しさや
 模索の感覚が、
 どこかで影響しているのだと思います。

 私のように、
 「どこかで跳ね返された経験」がある方こそ、
 次に進める力を持っていると思っています。

 その一歩を見つけるお手伝いができたら
 ——そんな気持ちを大切にしながら、
 今も活動しています。


navilis 代表 徳山侑紀

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