【私の履歴書#1】 原点編①〜私が大学に行かなかった理由~

私の履歴書

 こんにちは、navilis代表の徳山です。

 「私の履歴書」シリーズ、今回から本編に入ります。

 原点編では、
 私自身の価値観や人生観がどのように形づくられていったのか、
 その出発点を掘り下げていきます。

 何気ない選択の中にあった思考や
 感情を振り返ることで、
 今の自分を支える“土台”のようなものを見つめ直す回です。

 今回のテーマは「なぜ私は大学に行かなかったのか」です。

自称進学校での高校生活

 熊本の方ならご存知の方も多いと思いますが、
 私は「熊本県立熊本北高等学校」という、
 丘の上のいわゆる“自称進学校”に通っていました。

 校風は、地方によくある
 「全員で国公立大学を目指す」タイプの学校。

 生徒の9割以上が国公立大学を目指すと言っていて、
 私も周囲に流されるように、
 なんとなく「大学に行くんだろうな」と思っていました。

 でも、高校2年生のころ少し厄介な病気をして
 学校も休み休みになったことがあり、
 否が応にもすこしだけ立ち止まって考える時間が生まれました。

勉強への違和感と進学への迷い

 そもそも、私は勉強が嫌いでした。

 特に、決められた教科をまんべんなくこなす
 といったスタイルが性に合わなかったのです。

 そんな自分が、なぜ大学に行くのか。

 改めて考えてみると、
 その理由はどれもたいしたものではありませんでした。

 「やりたいことがあるから?」
  ―― そんなものは特になく、
     「将来の夢」と聞かれても何も浮かばない。

 「とりあえず大学に行って遊びたい?」
  ―― それなら、わざわざ受験勉強を頑張る必要があるのか?
     もし大学に進学したとしても、
     親に養ってもらいながら“遊び目的”で通うことになる。

 それならいっそ、自分で生活費を稼いで、
 自分の時間を使って遊んだ方が自由なんじゃないか。

 そんなふうに思うようになっていきました。

考え続けた末の結論

 それからは、
 大学に行く理由を探すというよりは、
 「今の自分にとって大学進学が本当に必要なのか?」を
 考えるようになりました。

 周囲の「大学に行くのが当たり前」という雰囲気の中で、
 それでも「自分には必要ないかもしれない」と考え始めたことは、
 今振り返ると、常識に対して自然と湧いていた
 懐疑心のようなものだったのかもしれません。

 それでも、進学のことはずっと頭の片隅にありました。

 進学しなかったら将来困るのでは?という不安も、
 もちろんゼロではなかったはずです。

 ただ、考えれば考えるほど、
 周囲が思っているほど
 「今このタイミングで進学しなければならない理由」は
 見つかりませんでした。

 「やりたいことができたときに、
 学歴が必要ならそのときにまた勉強すればいい」

 今の自分に理由が見つからないなら、
 無理に進学する必要はない。

 そう結論づけた私は、
 大学進学をしないという選択をしました。

公務員という選択肢

 ちなみに、高卒後に公務員になったのは、
 特別な理由があったわけではありません。

 ただ、他の進路を知らなかったんです。

 周囲に民間企業の情報はほとんどなく、
 「就職=公務員」という構図しか見えていませんでした。

 そして国税職員になったのは、親がそうだったから。

 「国税なら親も反対しないだろう」と思ったのもあります。

 正直な話、それくらいの動機でした。
 (実は都庁に就職しようと画策していたのは別の機会に)

今振り返って思うこと

 「大学に行かなかった理由」をこうして言葉にしてみると、
 決してドラマチックな話ではありません。

 気負いや大きな決断というよりは、
 日々の中でじわじわと固まっていった
 自然な選択だったように思います。

 ただ、あのとき少しでも立ち止まって、
 「なんで大学に行くのか?」を考えたことが、
 私のキャリアの“原点”だったのは間違いありません。

 今、navilisという場を通じて
 自分なりの道をつくれているのは、
 あのとき「今は行かなくていい」と決めたからこそ、
 かもしれません。

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