こんにちは、navilis代表の徳山です。
「私の履歴書」シリーズ、今回から本編に入ります。
原点編では、
私自身の価値観や人生観がどのように形づくられていったのか、
その出発点を掘り下げていきます。
何気ない選択の中にあった思考や
感情を振り返ることで、
今の自分を支える“土台”のようなものを見つめ直す回です。
今回のテーマは「なぜ私は大学に行かなかったのか」です。
■自称進学校での高校生活
熊本の方ならご存知の方も多いと思いますが、
私は「熊本県立熊本北高等学校」という、
丘の上のいわゆる“自称進学校”に通っていました。
校風は、地方によくある
「全員で国公立大学を目指す」タイプの学校。
生徒の9割以上が国公立大学を目指すと言っていて、
私も周囲に流されるように、
なんとなく「大学に行くんだろうな」と思っていました。
でも、高校2年生のころ少し厄介な病気をして
学校も休み休みになったことがあり、
否が応にもすこしだけ立ち止まって考える時間が生まれました。
■勉強への違和感と進学への迷い
そもそも、私は勉強が嫌いでした。
特に、決められた教科をまんべんなくこなす
といったスタイルが性に合わなかったのです。
そんな自分が、なぜ大学に行くのか。
改めて考えてみると、
その理由はどれもたいしたものではありませんでした。
「やりたいことがあるから?」
―― そんなものは特になく、
「将来の夢」と聞かれても何も浮かばない。
「とりあえず大学に行って遊びたい?」
―― それなら、わざわざ受験勉強を頑張る必要があるのか?
もし大学に進学したとしても、
親に養ってもらいながら“遊び目的”で通うことになる。
それならいっそ、自分で生活費を稼いで、
自分の時間を使って遊んだ方が自由なんじゃないか。
そんなふうに思うようになっていきました。
■考え続けた末の結論
それからは、
大学に行く理由を探すというよりは、
「今の自分にとって大学進学が本当に必要なのか?」を
考えるようになりました。
周囲の「大学に行くのが当たり前」という雰囲気の中で、
それでも「自分には必要ないかもしれない」と考え始めたことは、
今振り返ると、常識に対して自然と湧いていた
懐疑心のようなものだったのかもしれません。
それでも、進学のことはずっと頭の片隅にありました。
進学しなかったら将来困るのでは?という不安も、
もちろんゼロではなかったはずです。
ただ、考えれば考えるほど、
周囲が思っているほど
「今このタイミングで進学しなければならない理由」は
見つかりませんでした。
「やりたいことができたときに、
学歴が必要ならそのときにまた勉強すればいい」
今の自分に理由が見つからないなら、
無理に進学する必要はない。
そう結論づけた私は、
大学進学をしないという選択をしました。
■公務員という選択肢
ちなみに、高卒後に公務員になったのは、
特別な理由があったわけではありません。
ただ、他の進路を知らなかったんです。
周囲に民間企業の情報はほとんどなく、
「就職=公務員」という構図しか見えていませんでした。
そして国税職員になったのは、親がそうだったから。
「国税なら親も反対しないだろう」と思ったのもあります。
正直な話、それくらいの動機でした。
(実は都庁に就職しようと画策していたのは別の機会に)
■今振り返って思うこと
「大学に行かなかった理由」をこうして言葉にしてみると、
決してドラマチックな話ではありません。
気負いや大きな決断というよりは、
日々の中でじわじわと固まっていった
自然な選択だったように思います。
ただ、あのとき少しでも立ち止まって、
「なんで大学に行くのか?」を考えたことが、
私のキャリアの“原点”だったのは間違いありません。
今、navilisという場を通じて
自分なりの道をつくれているのは、
あのとき「今は行かなくていい」と決めたからこそ、
かもしれません。


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