こんにちは、navilisの徳山です。
前回は、行きたくなかった財務省主税局で、
評価されてしまった話を書きました。
今回は、その財務省を去る決断の話です。
これが、公務員編の最終回になります。
■ 最初の面談で、約束をした
財務省に着任してすぐ、
上司との面談がありました。
私はそこで、正直に話しました。
「私は希望もしていなかったし、
たぶん向いていない。
でも、1年間は頑張ります。
それで合わないときは、
きちんと返してほしい。」
向いていないことはわかっていた。
でも、約束を取り付ければ、
1年後に戻れると思っていました。
上司はその場で了承してくれました。
「わかった」と。
私はその言葉を、信じていました。
■ 約束を反故にされた
半年ほど経ったころ、
異動希望を聞かれました。
「帰りたいです。」
即答でした。
返ってきた言葉は、
「評価したから難しい」でした。
それが、辞める決断をした瞬間でした。
評価されたから残れ、という論理が、
私にはどうしても受け入れられなかった。
約束したはずでした。
やっぱり、そういうことが嫌いです。
そして、ここにもう1年いる自分が、
まったく想像できませんでした。
■ 退職は、3年早まった
もともと、32歳での退職を考えていました。
それが、3年ほど早まる形になりました。
辞めることへの迷いは、
仕事にはありませんでした。
ただ、人のつながりとの別れには、
葛藤がありました。
公務員の中でも、税務職員と税理士(予定)は
利害関係者になります。
簡単には会えなくなる。
お世話になった先輩、仲間、後輩たち
——その人たちのことを思うと、
簡単には踏み切れませんでした。
それでも、優先すべきことを考えた末に、
決断しました。
退職の日、BUMP OF CHICKENの
「同じドアをくぐれたら」を聴きながら、
職場を後にしました。
■ これが、「逃げるべき瞬間」だった
#4で、こんなことを書きました。
「やりたくないこと、苦手なことから
逃げることは、
悪いことではありません。
私自身にも、逃げるべき瞬間は
確かにありました。」
あのとき予告していた「逃げるべき瞬間」が、
これでした。
約束を破られた。
もう1年いる自分が想像できない。
その2つが重なったとき、
逃げることは正しい選択でした。
逃げることは、負けではありません。
自分が動くべきタイミングを、
自分で判断することです。
■ 皮肉にも、今につながっている
行きたくなかった場所で評価され、
その評価を使って転職しました。
転職先は、税理士法人でした。
MBAへの進学も、税理士法人という選択も、
皮肉なことに財務省という
1年半があったからこそでした。
自分では描いていなかったキャリアが、
次の扉を開いていました。
■ 打算で入った10年が、礎になった
#3から続いてきた公務員編も、
今回でいったん区切りです。
正直に言うと、国税に入ったのは打算でした。
他に選択肢が見えなかった。親がいた。
それだけの理由でした。
でも、その打算で入った10年間が、
今の私をつくり、
navilisの土台になっています。
税務の知識、法律の理解、財務省での経験
——どれも、経営支援の仕事に
直結しています。
情熱で選んだわけではなかった道が、
一番の礎になっていた。
そういうことが、人生にはあるものだと
思っています。
次回からは、税理士法人への転職と
そこでの生活について書いていきます。
navilis 代表 徳山侑紀


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