こんにちは、navilisの徳山です。
前回は、専科研修で気づいた
「利己的なまま、人の役に立てる」という話を
書きました。
今回は、その研修のあとに
待っていた異動の話です。
行きたくなかった場所で、
1年半過ごすことになりました。
■ 税務調査が天職だと思っていた
専科研修を受けるころから、
私はすでに退職への道筋を考えていました。
辞めるなら、出世を追いかけるより、
好きな仕事をやり切って辞めたい。
そう思っていました。
その「好きな仕事」が、
税務署での調査でした。
現場で事業者と向き合い、調査をする。
あの仕事は自分に向いていると思っていたし、
辞めるまでずっとそれをやっていたかった。
(この話は#4に詳しく書いています。)
だから、異動の希望を書く
「身上申告書」には、
今いる場所への残留を書きました。
■ 気づいたら異動が決まっていた
残留を希望したところ、
上司に止められました。
そのときの上司のことは好きでした。
だから顔を立てようと思い、
現実的な選択肢の中で一番の出世コースと
言われていた「大阪国税局法人課税課」を
希望しました。
そもそも、揉める余地すらありませんでした。
過去にお世話になった人たちが
私を推薦してくれていたらしく、
気づいたら財務省主税局への
異動が決まっていました。
本来であれば、意向を確認するタイミングが
あるはずでした。
身上申告書を書き直すプロセスも、
あるはずでした。
私にはありませんでした。
今でも許してはいません(笑)。
聞いた話では、内部専科という特殊な経歴、
税務調査での実績、
専科研修での評価
(優等賞は逃したものの、最高評価)
——そういったものが重なって、
推薦につながったようです。
自分で望んだわけではありませんでした。
それでも、結果として行くことになりました。
■ 合わなければ、1年で戻ればいい
主税局は、法律を作る部署です。
私のようなノンキャリアは、
キャリア官僚のお手伝いをする立場でした。
国会対応、税制調査会の対応、資料作成
——そういった仕事が中心でした。
ただ、資料を作るときに意見を言う場面は
十分にありました。
それだけは、やりがいがあった。
行きたくなかった場所に
来てしまったのだから、
自分をそのまま出して、
合わなければ合わないと判断してもらって、
1年で戻ろうと思っていました。
これが誤算でした。
合わなかったのに、評価されてしまいました。
まさかの2年目に突入することになりました。
■ 財務省の人間は、本当に優秀だった
財務官僚への風当たりが
強いことは知っています。
でも、実際に一緒に働いてみると、
そのイメージはほとんど
先入観だと感じました。
財務省にいる人間たちは、本当に優秀でした。
格の違いは感じていた。
でも、先入観で持っていたイメージとは
全然違いました。
■ 行きたくなかった場所で、得たもの
在籍は1年半でした。
税務署時代、自分は法律に
詳しいと思っていました。
主税局に来て、
それが完全な勘違いだと気づきました。
そして、本当の意味で
法律を理解するようになりました。
苦手が消えたわけではない。
でも、苦手の度合いが薄くなっていく
感覚がありました。
自分が不向きな場所でも、
生きていけることも知りました。
そしてこの職歴が、その後の道を
開くことになります。
MBAへの進学も、税理士法人への転職も、
皮肉なことに財務省という
1年半があったからこそでした。
行きたくなかった場所が、
今の自分をつくっていた。
そういうことは、
人生に割とよくあるものです。
次回は、財務省を去る決断をした
話を書きます。
navilis 代表 徳山侑紀


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